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(もしサカ)全ては収まるべき場所に [もしサカ]

【もしもサッカースタジアムに誰かを連れて行ったら】【1話】

 「仕事、辞めたんだ」
 乾に先制点を決められ、意気消沈している僕よりも元気のない声を辛うじて聞き取れたのは、多分そうだろうと思っていたからだ。
 彼から電話がかかってきたのは何年かぶりだった。社会人になってからは年賀状のやり取りもなくなり、メールも交わさなくなっていた。
 もっとも、僕の方は随分前に社会人というカテゴリーからは外れていたけども。
 「次のアテはあるの?」
 「あるわけないよ」
 予想通りの返事に苦笑すら出ない。
 確か、何かの営業をやっていたと記憶している。不景気と言われて幾数年、簡単に仕事を辞められる時代ではないが、それでも辞めずにはいられなかったのだろう。

 一度ビハインドを背負ってしまうと、なかなか覆すのは難しい。
 たとえば、先制を決められた目の前のセレッソ戦のように。
 応援に熱中するフリをしながら曖昧に頷いた僕に、彼も曖昧に頷き返した。

 海外へ旅立つ乾を後押しすべくセレッソ優位で試合は進み、いよいよ流れは悪い。
 そんななか、田代が動いた。
 相手ゴールキーパーがボールを離した瞬間を狙いすまし、背後から奪い取ってそのままゴールへ蹴り込んだ。
 まさかの出来事にスタジアム全体が、しんとなる。
 「へえ、あんなのもあるんだ」
 サッカーにほとんど興味のない彼が観戦に来るのは勿論初めてで、あっけに取られる僕と同様、彼もまた唖然としていた。
 「・・諦めないヤツなんだよ」
 辛うじて出た言葉に、しかし、彼は少し傷ついた表情になった。
 言ってから後悔した。
 会社を辞めたばかりの彼には迂闊だったが、本当は、僕自身も自分の言葉に少なからず傷ついていた。
 何故なら僕は。
 諦めてしまうヤツだからだ。

 振り出しに戻った試合は、セットプレーから再び田代のゴールで、あっさり逆転となる。
 「簡単に逆転しちゃったなあ。強いんだねアントラーズって」
 こんなすぐに逆転することはあまりないのだと言いそうになったが、水を差すような気がして躊躇った。
 試合だけでなく、自分の人生を試合に重ね合わせているような彼の気持ちに対しても。
 「・・なんにせよ、逆転だ」
 「そうだね」
 やや上気した顔は、希望に輝いているふうに見えなくもなかった。

 ハーフタイムを挟み、セレッソの攻撃は勢いを増す。防戦一方になった鹿島はPKを与え、最大のピンチを迎えた。
 同点も覚悟したそのPKを曽ヶ端が気迫で守り、鹿島のリードは何とか保たれた。
 しかし、尚も苦しい展開は続き、僕と彼は声もなく、一心に守り切ることだけを願っていた。
 残り時間もあとわずかとなった時、不意に小笠原がロングシュートを打つ。
 到底、入るとは思えないような距離だった。
 それでも蹴った瞬間、入ると感じた。
 思わず、あっと声を上げた。
 センターライン付近から放たれたシュートは、大きな弧を描いて相手ゴールに迫る。前に出ていたキーパーの手を弾いても勢いを失わず、そのままゴールへと突き刺さった。
 まるで、あらかじめそこに収まることが決まっていたかのように。
 一瞬の沈黙の後、スタジアムが沸いた。僕も知らずのうちに絶叫していたが、驚いたことにアントラーズファンでもない彼も拳を突き上げていた。
 目を丸くしている僕と目が合うと、はっと我に返ったような顔になり、それから彼は照れたように目を伏せた。

 いつだって苦しい状況に追い込まれることはあるだろう。だけど、諦めないで何とかしようと頑張っていれば道は拓けることもある。
 田代の同点、逆転ゴール。曽ヶ端のPKセーブ。
 そして、小笠原のロングシュートがゴールに吸い込まれて行ったように。
 もしかしたら僕たちにも、すっぽりと収まるべき場所があるのかもしれない。

 「頑張ろうな」
 「そうだな」
 勝利を祝うチャントに負けない彼の言葉に、この日、僕は初めて強く頷いた。

(この話はフィクションです)

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